第4話《病気はどこにある?》

ここは山と海に挟まれた、とある田舎町。
町の中心から続く県道をしばらく走り、トンネルを抜けた先の小さな住宅街の一角。
地域の人に”イヤシロチ”としてこよなく愛されている鍼灸院がある。
その名も『鍼Go!堂』
ここで働いているのはたったの2人。
どこか抜けているが患者の信頼は厚いGo院長と、立派な鍼灸師を目指す弟子2年目のまめちびだ。
おや?今日もなにやら会話が聞こえてきましたよ?
早速聞き耳を立ててみましょう。

Go: 病気とは何かという話をする場合、非常に難しい壁がある。
実は病気そのものがどこにもないのだ。

まめ: 病気そのものがない?

どういうことでしょう?

Go: 後で「病気」を辞書で調べてみるといい。
病気は煙のようなもので掴もうとすればする程、把握するのがあまりにも難しい。

まめ: 確かに私の母親の体の状態はどの医者にも把握されませんでしたしね。

Go: これからしていく話は、一見病気の話と全く関係ないような内容もある。
いや、むしろそういう話の方が多い。
ただ病気とは辞書のようにそれ一つだけの説明で完結できるものではなく、森羅万象の中の一つの現象なんだ。
だからその説明は病気に関する言葉が一切登場する事がない話もたくさんあると思う。
どういうことかと言うと、携帯電話を知るためには、様々な知識も同時に必要。
んで無線技術や電波やポリカーボネートや液晶やデザインや基盤を知ると、もっと深く携帯電話についての理解が深まる。
しかしポリカーボネートのことについて話しているときに携帯電話の話は一言もでてこないこともある。
まあただ、病気とは携帯電話のようにわかりやすいものではないが。

まめ: なるほど。

Go: それに病気とは実は実態があってないようなものだ。
そうだな、例えて言うと「夏」のようなものだ。

まめ: 病気が夏?

Go: 概念的な話だ。
夏というものは、様々な言葉たちによって少しずつ形を固められていくが、夏そのものはどこにもない。
夏と聞くとどんなイメージが思い浮かぶ?

まめ: そうですね~海水浴…とか?

Go: もっと想像力を働かせてみて?
どんなことでもいい。

まめ: えと、、暑い、冷房、春から秋の間?
7月前後、、
それから~アイスコーヒー、かき氷、夏祭り、花火、ひまわり、高揚、夏休み、昆虫採集…

Go: そうそう、夏は色々とイメージしやすいよな。
でもさ、どこを探しても夏そのものはなく、これらの言葉によって夏という概念が形作られる。

まめ: 確かに、どこにも夏そのものがない。

Go: ま、当たり前っちゃ当たり前の話なのだが、病気もそのようなものだと思って良い。
夏と同じように国や人が変われば、基準も観念も概念も変わるので、瞬く間に病気の概念も夏の概念も、境界が全くあやふやになってしまう。
一般的に皆が思っている病気と、病気の素顔にかなりギャップがあると思うのでそこにちょっとばかりメスを入れていこう。

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