第35話《濃い〜余談。時間を逮捕しちゃうぞの巻》

Go: 前回までの先天性疾患の話で、病気への理解がさらに深まっただろう。
この流れでどうしても一話を割いて話しておきたいことがある。
今日は”時間”がテーマだ。


まめ: 時間…この話題必要ですか?
全然関係ないように思えるけど。

Go: 確かに一見関係ないように思える。
ただ関係なさそうに見えて、時間と因果は絶対に引き離せないんだ。
時間があるから因果があり、因果があるから病気がある。
時間と病気も引き離せない関係なのだ。

家を建てようと思った時にそこに”空間”がないと立てれないし、私たちがワシントンに行こうと思った場合、飛行機や電車や徒歩での”移動”つまり”空間”がなければ私たちは一歩も動けない。(”土地”という意味でも”交通手段”という意味でもない)
空間と時間も同じく引き離せない関係なのだ。
時間はあらゆる因果に関係してくる。

まめ: 素人にわかりやすく説明してください…

Go: 了解。
時間は絶対的なもの、という解釈が一般的な解釈だよね。
それは私らが過去現在未来という直線軸に沿って生きると、決めているからなんだ。

まめ:?
時間が絶対的なものではないと?
疑問を持ったことすらありませんでした。

Go: 普通に暮らしてて時間そのものについて考えることすらないよね。
「何時に起きて何時の電車に乗って何時に得意先と待ち合わせして、仕事が遅くなって寝るのが3時になって睡眠不足だ。そしてあとだいたい数十年生きれるから、あと数十年ローンを払って、、ああ、年取ってだいぶ白髪が増えてきたな。」

考えるとすれば、だいたい時間に追われるときだ。
我々は常に時間に追われている。

まめ:何が言いたいのかまだよくつかめません…

Go: 我々が信じてきた時間というのは、勉強するほど不確定になり、理解しがたい不思議な別世界に迷い込んでしまう。
世間の人たちが強烈に信じている時間の概念におれらが一石を投じてみようじゃないか。

まめ:私は投じる石一個も持ってませんけどね。

Go: まあそう荒ぶるなって。

まめ:荒ぶってはいませんけど

Go: 時間の概念が覆されるその片鱗が、実は科学でも証明されつつある。
「時間は万人同じものである」とあまりにも普遍的に思えることが、量子力学の世界でそれは当たり前のことではなかったりするんだ。

こないだ言ったように、私も「時間」の中で生きているので、時間についての固定観念が取れたわけではない。
時間を超えた不思議体験をしたわけでもない。
自分がわからないから実は今回私の出る幕はない。
ということで、天才のみなさんたちどうぞよろしく。

  • アインシュタイン

「時とは頭脳で作り上げた相対的な概念に過ぎない」

  • ニールドナルドウォルシュ(神との対話)

「時とは物体と物体の間に存在する空間の関係なのだ。
動いているのは時ではなく、場を移動している自分自身であるなら、時間を変えるには物と物との間の場を変更するか、移動する速度を変更すればいい。
これを理論化したが一般相対性理論。
長い数十年の宇宙旅行をして戻ってきた時、自分は10歳しか年を取っていないかもしれない。
宇宙をごまかして地球の実際時間と同調することに成功したとしたら、地球と宇宙船の中では同じ時間が過ぎることになるだろう。
さらにもっと大きな推進力が得られれば、離陸前の地球に戻ることさえ出来るだろう。
つまり地球上の時間の流れの方が宇宙船の中よりも遅くなる。
宇宙船で10年過ごして、地球に戻ったらたった4歳しか年をとっていないかもしれない。さらにスピードが増せば宇宙の10年が地球の10分になるかもしれない。

かつて起こったことはすべてー

そしてこれから起こることもすべてー
今、起こっている。
それを観察できるかどうかは、要するにあなたの視点、つまり場の中の位置に左右される。
あなたが私の場にいれば、たったいま、すべてを見通すことが出来るだろう。
今という時を浪費しないこと。
人生の神秘を解き明かそうとして今という現実を無駄にしてはいけない。
時間についての話はわかる範囲で理解して枠組みとして活用し、その中にあなたの一番壮大な構想を描けばいい。」

まめ:ん〜…

  •  雲黒斎

「思考の流れとは、いま過去(記憶や記録)を参照するという流れと、いま未来(予測や恐れ)を思い描く流れがあり、この枝分かれした二つの間を結んで生まれる。
時の流れは思考の次元ないにおいてのみ存在している。
そこに今は含まれない。
意識が今というゼロポイントと完全に一致していると時の流れは消滅する。
その意識状態がいわゆる悟りなのだ。
過去は原因始まり誕生であり、未来は結果や終わり、死。
通常は時の流れの中に描いたストーリーにそって生きる。
こういう過去があるから未来はこうなるだろう、理想とする未来のためにはこういった原因が必要だといった計画を立てたりする。
人の思考は、無意識に時間という縛りを作る。
今を生きるというのは真面目に生きるということでも勤勉に生きるというということでもない。
観念によって固められた世界から脱して、あるがままの世界を生きること。
その意識状態が身についていくほど人は因果を超えておおきく変わりだす。
原因も結果も時間という概念の中にあり、時間の概念が崩壊すると因果も崩壊する。」

まめ: うーむ…

  • バシャール

「すべては今に存在しています。
あなたが過去と言っているもの、未来と言っているものすべては今という時の違った呼び名、その違いこそあれ、すべては同時に存在しているのです。
決まりきったものは何もないのです。
あなたはあなたが発するエネルギー通りのことを体験しているのです。
でもそれを直線的に捉えているのです。
あなた方は直線的な体験を想像している。
つまり繋がった連続的なものを想像しているのです。
過去とか未来とか便宜上名をつけて読んでいるのです。
しかしすべては今ここに存在しているのです。
ここで大切なことは、あなたが直線的に結び付けていようと、あなたが今ここで選択する状態は、どんな状態であれ毎瞬毎瞬全く違うあなたなのです。
ですからあなたが今この瞬間に自分を全く違った人として再定義し直せば、あなたは完全に違った人になり全く違った過去を持ったことになるのです。
つまり確実にこの瞬間が過去を変えている。
あなたが毎瞬毎瞬、今この瞬間に自分が何者であるかを決めるとき、あなたは同時に存在する他の現実、あなた方が言うところの過去や未来に新しく繋がり直しているのです。
また同じ過去をもってもいないのです。
ただあなたは過去は同じものだと思っているだけ。
あなたがそのような連続性を想像するのをやめて、連続性をあなたの望み通りにつなげていくようにすればよい。」

まめ: むむむ…

  • エックハルトトール

「今起こっていることは常に変化しているから、人生の日々は違うことが起こるおびただしい瞬間からできているように見える。
だがよく観察してみると、あるのはこの瞬間だけだ。
人生とは常に今なのである。
それではなぜたくさんの瞬間があるように思えるのか。
それは現在という瞬間を起こっていること中身と混同しているからである。
今というスペースがそのスペースで起こっていることと混同されている。
現在という瞬間を中身と混同することで時間という幻想だけでなくエゴという幻想も生まれる。
ここに時間のパラドックスがある。
一方で時間という現実を否定することはできない。
エゴが強ければ強いほど人生はいっそう時間に支配される。
そうなると過去や未来に支配される。
いつも自分がどんな人間かが過去によって決定され、自己実現を未来に頼ることになる
恐怖、不安、期待、後悔、罪悪感、怒りなどは意識が時間に縛られて機能不全になっていることを示している。
エゴからの解放が将来的な目標である限り、自分にさらに多くの時間を与えることになるが、さらに多くの時間とはエゴのさらなる肥大化を伴う。
時間は五感による認識のために不可欠の心の構造であるが、自分自身を知る上では最大の障害である。
スピリチュアルな探求と見えるものが実は姿を変えたエゴではないかと慎重に観察する必要がある。」

まめ: 結論、わからん。

Go: そうだ、わからんのだよ。
だから言ったろ?

この世界誰もゲームだと見抜けないくらい完璧に作られていて、おれらは様々な忘却システムを完璧に使いこなしている。
時間が幻想だということも、忘れているんだよ。
言い方を変えると忘れていることが、人生には必要だったんだよ。
これまでの時間の概念が、信じてきたこと違うかもしれない…
まめちびの中でもそう思い始めてるんじゃないか?

まめ: ええ、少しだけ…でももしそうだったら、なんかこれまで騙された気持ちになりますね。
マジで詐欺ですよ詐欺。
じかん容疑者、逮捕させてもらいます!

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