第37話《卵が先か鶏が先か・後編》

〜・〜・〜・〜・〜・前回の続き〜・〜・〜・〜・〜・

Go: アリストテレスはこの因果の枠を作り、原因と結果の整理の仕方を教えてくれている。
原因には質量因、形相因、起動因、目的因があるという。
少し退屈な話になるかもしれないが、因果について理解するためによく聞いてくれ。

1."質料因"はものの素材となっているもの。
Yシャツの原料は綿やポリエステル、と言った具合に。

2. "形相因"は、YシャツがYシャツであるための本質的構造。
Yシャツを作るために設計が必要、または構造でもある。人の上半身を覆うために、腕の部分は中空になっており、前面は解放されているが、ボタンで留めると全部が中空となり、上半身を覆うことが出来るようになっている、YシャツがYシャツである為の形そのものだ。

以上2つは『動的原因』Yシャツとはなにか?ってところ。

3. "作用因"は、そのYシャツがそこにある原因。

縫製工場で作られたから、店で買ってきたから、などその事物がそこに置かれている状況を生み出した動力そのもの。

4."目的因"は、そのYシャツがそこにある目的。
人が着るため、身なりを整えたいから、仕事で必要だから、など。

以上2つは『目的原因』つまりなぜYシャツがそこにあるのか?
原因はなにか、と考えてみたとき過去にその原因があると考えるよね。

まめ: 当たり前じゃん

Go: しかし原因が未来にある、としたら?

まめ: わかった!Back to the future!だ!

Go: SFの世界じゃなくても、おれらはいつもそれを使ってるの。
例えばさ、来週九州に行く用事があるから、飛行機のチケットを取る。

まめ: あ、ほんとだ。

Go: これが目的因のわかりやすい例。原因は過去ではなく未来にある。
さっきの4番目の目的因は特別なんだ。
ここに携帯電話があるが、それは携帯が工場で作られたからなのか、おれが買おうと思ったからなのか。これは両方どちらもなければ携帯自体も存在しない、片方だけじゃ成り立たない。

味噌汁を例に出すと、味噌汁がここにある原因は
具を店で買ってきたから、お金を払ったから、そのお金を払うために仕事をしたからー作用因
味噌汁が味噌汁であるためのレシピがなければならないー形相因
味噌、豆腐などの材料が必要ー質量因
「味噌汁を飲みたい」と言う企図が必要ー目的因

ここで一つ大事なのは、すべての原因の前に必ず"目的因"があるのだ。

そしてこれら全てが一つでも欠けたら、Yシャツも携帯も味噌汁も存在し得ない。
あくまで思考レベルでの話でだが、あらゆるものがアリストテレスの四原因説に当てはめることが出来る。
動的因は物質レベルで、目的因は動機、企図などの精神レベルと言う言い方も出来る。
Tデトレフゼンの表現を借りるが、因果を陰陽に分けた場合

陰           陽
動的因   目的因
過去    未来
物質    精神
体     心

陰と陽を思い出してくれ。どちらも片方が欠けることはあり得ない。
どちらに傾いているかと言う違いはあるが、どちらも併せて一つになる。
ここでも例外なくそれが当てはまるのだ。

まめ:これも陰陽の法則に従っているのか…

もう一度味噌汁に戻ると、味噌汁がここにある原因はなにか?
それは、店で買ってきた味噌と具材があり、それをレシピ通りに調理したからだ。
これは動的因に基づいている。
しかし、そもそも味噌汁という概念がなければ、味噌は存在すらしなかったし、味噌汁を飲みたいと言う目的因があってこそここにあるのだ。
つまり全ての先に目的因があるのだ。

まめ:さっきもそれ聞きました、んでだから?って感じですけど。

味噌汁は理解しやすいかもしれないが、足の水虫に置き換えてみたらどうだろう。

動的因としては、水虫を持っている人に触れたからだと考えるかもしれないし、疲れて体が弱っていたからだと考えるかもしれない。
病気の場合の原因の考え方はこういった動的因を基に考えるのが普通だ。
しかし、先ほどの話からすると反対の極の目的因が必ずあるはずだ。
すると、とんでもないことに
「水虫になりたい」
と言う目的因がなければ水虫は存在しないことになる。

まめ:そんな人絶対いませんから笑

Go: かもしれない。
だがこれは表層の意識の話ではない。
我々の通常起きている時の意識は、海にひょっこり浮かぶ小さな小さな島みたいなものだ。
海底では全世界と繋がっていて、全体がその島に影響しているし、その島が全体に影響している。
表層の意識だけに捉われているうちは全く全体が見えない。

まめ: 深層心理では水虫になりたいって思ってるってこと?

Go: かもしれない。
これまでの話を聞いてきたならわかると思うが、病気は無意識の部分の表れとも言えるんだ。
だが無意識下に水虫に相当する何かがある、かもしれない。
これはプラトンの洞窟の比喩あたりの話と通ずるところだが。

まめ:先にイデアがあるってことですね。

Go: そうだ。
まめちびは心臓を動かしたいと思ったことはあるか?

まめ: ノー。

Go: 頼んでもないのに動いてくれてる。
無意識の命の脈動が心臓の拍動なんだ。
表層の意識なんてほんの氷山の一角に過ぎない。
例えば体を全て意識的に動かさなければいけなかったらどうだろう。
ちょっと想像してみて?

まめ:え〜と…常に心臓の拍動が止まらないように意識し、、呼吸が止まらないように意識し、、体温を一定に保つようにし、、食べたら唾液を出すように意識し、、飲み込んだら胃液を出しつつ十二指腸に送る、、おっと油断したら心臓がちょっと止まってた。
ギブアップ!3分と持ちそうにないです。

生きてることが奇跡だわ。

Go: その奇跡の働きは、生体の恒常性と言われる。(これについて詳しいことは後述)
自律神経や内分泌系と連動して、常にバランスを保てるよう調整してくれている。

これは無意識の部分が受け持ってくれてるんだ。

私たちは「生きたい」と言う無意識の目的因に従って、無意識に肉体の活動を保持している。
病気に対して、お酒を飲みすぎたからだ、運動不足だからだ、などを原因とすることがこれまでの考え方だが、先ほど話したことに当てはめると全く違った答えに行き着いてしまうのだ。

まめ:つまり…
病気の人はそれになる前に無意識下に「病気になる」という目的がある⁉︎

Go: そういうことになる。
もちろんそれが最終目的ではないだろうけどね。

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