第45話《Purpose of life〜あなたの生きている目的〜弐》

前回、前回含めて後3話と言いましたが、嘘つきました。
思ったより長くなってしまいまして、今回を含めて後3話になりますごめんなさい。

〜・〜・〜・前回の続き〜・〜・〜・

まめ:う〜ん…病気の本質を一言で言うと…
ヒントくらいくださいよ。

Go: そうだな、今回の話は前に話したような自己表現と喉や甲状腺、葛藤と熱の関係性のような話ではなく、さらに俯瞰で見たレベルの話だ。

まめ:難しいな〜なんだろ…
先生が言いたそうなこと最近だいたいわかってきましたからね。
例えばそうだな〜…
劇団一人、とか。どうだ!どん!

Go: …
うん、まあなんか、豪快だな。

まめ:なんですかその感想。

Go: だがさすがだ。
劇団一人という表現が出るとは思わなかったが、おれの言いたいことを読んでるな。

まめ:でしょでしょ?でも自分で言ってなんだけど結構刺激的ですよね、その事実。

Go: まめちびが言うように、全ては一人舞台のようなものなんだ。
”病気になった原因”というのは、実は無い!
あったとしてもそれは人の思考レベルでの原因や理由でしかない。
この話は原因の話をした時と重複するが
大事なところなのでね。
何かの病気の原因に対して、ある人は食べ物のせいに、ある人は放射能のせいに、ある人は遺伝のせいに、ある人はウィルスのせいに、ある人は葛藤のせいにしたりする。

まめ:原因は一つのはずなのに、人によって原因が変わるってよく考えたらおかしいですよね。

Go:そう、病気の原因は無いし私には知る由もないが、”本質”のようなものに関してはわかることがある。
それがまめちびの言うように劇団一人、つまり自分が脚本と舞台設定をし、必要な
体験をする。
世の中のあらゆることを自分で舞台設定し、役者を揃えそれぞれの役を演じてもらっている。
今座っている椅子も机もパソコンもお金もその舞台を忠実に成立させるための小道具にすぎない。
なぜそんなことをしているのかというと、さっき言ったように全ては”感動”するためなんだ。

まめ:それじゃあれですね。
もう全部めっちゃ騒々しい独り言みたいなもんですか?
なんかそれはそれで寂しくなってきたんですけど。


Go:これも方便、捉え方を間違えてはいけない。
寂しいのとは全く逆だよ。
「あの人もこの人もみんな自分やん!みんな愛してるぜ!」って思えると楽しいぞ?

まめ:え〜今朝も超キモいおっさんに道端で絡まれましたけど、そんなん自分だって思いたくないですよ。

 Go: まあいいわ、君はおっさんとじっくり話し合ってもらうとして話を戻そう。
脚本も演者も自分の舞台で、感動して体験するために病気や症状を自分で作り出したのだ。

まめ:うん、そう思いたくないけどそうなりますね。

Go: だから、病気の答えを外にのみ求めると全く見当違いの方向に向かうことになる。
「なんで私が!」
と悲劇のヒロイン的被害者意識になると、結局最新の検査法や治療法のみにしか関心がなくなる。
しかしどんなに病気の本質を探しても答えは絶対に見つからない。
なぜなら答えの本質は内面にしかないのだから。

まめ:大事な探し物は家の中にあるのに、外に出て世界中探し回ってる人みたいですね。

Go: まさにそういうことだ。いつでも答えは目の前にある。
ただここは勘違いをしやすいので一つ注意をしてほしい。
内面を見つめて、改心して自己啓発して、あらゆる健康法を試したからといって病が治るとは限らない。

まめ:ちょ!えっ!
最終的にそれがクリアできれば治癒するんだ!っていう感動の話じゃなかったんですか⁉︎

Go: へ?全然違うけど?
そんな驚かんでも。

まめ:驚きますよ!
治らなかったらこれまでの話なんだったの?って感じです。

Go: わかったわかった、しょうがないな。
それじゃある男の話をしよう。

続く

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