第47話《Purpose of life〜あなたの生きている目的〜四》

年末の忙しい時期に読んでくれてる人もいて嬉しい限りです。
今回に続いて早速明日、最終話もアップしようと思ってますのでお楽しみに!

〜・〜・〜・続き〜・〜・〜・

まめ:あ、でも矛盾?というか、、疑問が湧いてきました。
これまでの話だと内面の表れとして病気があるとしたら…
生活や飲食の不摂生は病気の根本の原因ではないってことはさっき先生も言ってたけど…
だとしたら例えば食事に気つけることすら疑問が湧いてくるんですけど?
そんなことよりもまずは心の状態を正常なものにしないとダメってことになりませんか?

あれ?違う気がするけど、なんだかわかんなくなってきちゃった。

Go: 単純に考えるとそういう疑問がでてきてもおかしくないよな。
でもちゃんと考えてみれば何の矛盾もないんだよ。
なぜなら”体”が”精神そのもの”だからね。

まめ:?

Go: ここまで話してきたことを理解しているのなら、わかるはずだ。
体が物質的なもの、心(精神)が見えないもの、という区別はこの世界独自のルールであって、本来は境目はなく一続きのものなんだ。

まめ:スピリチュアル的な話の中でよく言われるけど「あらゆるものは一つ」って話なのかな?

Go: その話にも通じる。
ただスピリチュアルな話がしたい訳ではなく、これはれっきとした物理学的な話だ。
時代がついてってないだけで、みんなの常識になるのはもう少し後になるだろうけど。
体だけではない、同じく食べ物もそう、物質的な側面と非物質的な側面を持っている。

まめ:ん〜

Go: 難しく考えることはいらない。単純に体と心が同じものだと考えてごらん?
体を元気にするために、良いと思われるものを口にすることと、精神領域を元気にすることは同じことなんだ。

まめ:あ〜まあそう考えるとなんとなく納得です。

Go: 人が口にする食べ物はすべて何かの象徴であり、体はその象徴を受け取る。
体を営養する食べ物は心を営養するもの、蝕むものは心を蝕むものであるとも言える。

まめ:なるほど。

Go: 一般的な話をするとさ、「食事とは物質的な何かを胃腸を通して栄養素を取り込み、その栄養素を自分の体で活用する。」
と思ってる?

まめ:は?それに関しては考えるまでもないほどに常識ですよ

Go: 歴史を見てみ、常識はいつだってすぐにコロッと変わるもんだ。進化論すらもそのうち変わる。
実は栄養素を取り込んで活用しているのではない。

精神領域へある種の精微な波動を取り込んでいる。ここがミソ。
これ以上は主旨から外れるのでやめておこう。

本当に大事なのは栄養素なのではなく、その食べ物が持つ固有のエネルギーだとも言えるんだ。

まめ:え〜⁉︎そんなの聞いたことないですよ!どういうことですか!

Go: だから主旨から外れるってば。

まめ:え〜⁉︎私めっちゃサプリ飲んでるんですけど!金返せ!

Go: 知らんわ。
今回はあくまで「病気」がテーマだからね。

まめ:”食編”作りましょうよ!

Go:やだめんどい。
とにかく”食べる”ということがどういうことか少しわかったろ?

まめ:まあはい…

Go: 簡単にいうと、体が喜ぶものを食べることは心も喜ぶ営養となるってことね。
でもストイックになっちゃダメよ、よく聞いて。
その裏にある本当に一番大事なことは”人生の喜びを味わう”こと。
これをおろそかにしたら、いくら食事を厳密にやっても意味ないからね。

まめ:納得です。さっきまであった矛盾が嘘のように消えました。

Go: それを踏まえて今度は因果的な思考を活用してみよう。
原因の話をしたときのこと覚えているだろうか?
毎日カップラーメンやジャンクフードばかりを食べる人は確かに病気になっている人が多いかもしれない。
これをある側面から見てみよう。
その人は無意識(ハイヤーセルフ)レベルで、なんらかの学びが必要だと考えた。
その学びはある病気(症状)になることで一気に達成する可能性があるかもしれない、と考えた。
その病気を通して繰り広げられる様々なドラマが、彼の学びに最適な材料だったのだ。
そしてカップラーメンやジャンクフードを利用した、かもしれない。

まめ:”心身を病的な状態にすることで起こる何かを体験するための手段として、ジャンクフードを使った”ってわけね。

Go: うん、でもまあそういう側面もあるかもしれない、くらいの話として聞いといてね。

まめ:内面がすべてだとしても、食生活も生活習慣も内面と無関係じゃないどころかすごく大事なこと。
生活習慣をより良くするため意識することは、自分の内面や精神に対しても意識を高めることにつながるってことですよね?

Go: そうゆうこと。
人はなんらかの出来事を通して感動する。
ときに人は病気をそれに利用したりしなかったりする。

こういう人もいる。
毎日お酒を飲み、肉しか食べず、野菜を一切食べないあるおじいさんは、大した病気にもならず96歳まで元気に生きてぽっくり死んだ。

このおじいさんは学びのために病気を使う必要がなかったのか、大病を患うほどの影響を受けないような体になっているのかもしれない。
もちろん私にはそこまでわからないが、人によって何を”人生という舞台”の材料にするかはその人次第なのだと思う。

まめ:いるいる、よくこの生活で元気に長生きしてるなって人。
なるほど面白いな〜。


Go: 食の絡んだ話はこれで終わりにしてそろそろ締めようか。

まめ:はい!おかげさまで最近の私の成長は著しいですよ。
病気の概念そのものが私の中で完全に変わってきました。

一つの見方かもしれませんけど”病気”になったとしたら、そこには何かのサインがあり学びがある、と捉えていいんですよね?

Go: そうとも言える。

まめ:では逆に言うと病気にならないためには、自分を磨いて精神的にも向上しないと!って思うんです。

Go: ほほう、それにはどんなことをすればいいんだろう?

まめ:最近色んな本も読み始めましたし、これから自己啓発系のセミナーにも参加しようと思ってます。
私決めました!自分探しの旅に出ようと思います。

第48話

4件のコメント

  1. 自分探し、きたー笑!
    最終回の前にまめちび自分探しの旅「まめ散歩」挟もう♪
    みんなが明日からしっくりと生きていけるように希望に満ちた最後ですように。広い宇宙に放り出されませんように。はいプレッシャー

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