第48話《Purpose of life〜あなたの生きている目的〜最終話》

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いよいよ最終話です。
最終話を読む前に第1話から読み返したい人はこちら
イヤシロチ鍼Go!堂第1話

〜・〜・〜・続き〜・〜・〜・

まめ:私決めました!自分探しの旅に出ようと思います。

Go: いいと思うよ。
ただまめちびがさっき言ったような”自分を変えるために精神的に向上しなければならない”と言う巧妙な罠に注意してほしい。

その崇高なように思える目的は、いつになってもそうでない自分を否定してしまう。
先ほど話したAが歩んできた道には、そういう巧妙な罠が多く仕掛けられていたんだ。
Aは苦悩の中、成功法則や自己啓発、スピリチュル的なもの、数え切れない数の本を読んで、色んなセミナーに参加した
自分が嫌いで変わりたかったし、決して成れない何者かに必死に成ろうとした。

まめ:決して成れない何者かに?

Go: そう、Aは長い間自分より大きな存在になろうと必死にもがいていたんだ。
ある団体では変わることを求められ、グループワークをし、気持ち悪さを感じながらも、自分は変わったと思い込んだ。
そんなことを散々やってきて、彼は気付き始めた。
嘘だった!
自分を偽って嘘をついていたんだ。
”楽しいふり”、”幸せなふり”、”これだけ変わりましたよ、のふり”
”自分をありのままに受け入れているふり”をした。
だがAはすべてが”ふり”であることと”ふり”に徹することができないことに気づいてしまった。

なぜならいつまで経っても”偽装された自己啓発”では心が満たされなかったし、他人とのコミュニケーションや何かの出来事を通して”ふり”だったことを痛感させられたからだ。

満たされない心はどう繕ってもごまかせなかった。

それからしばらくしてAは自分以上の存在になることを諦めた。
不思議なことに諦めれば諦めるほど自分自身の素晴らしさに気づき始めた。
本当の自己啓発は、”目標とする自分以上の存在に変わる”ことではなかったことに体験を通して気づき始めたんだ。

まめ:今の自分じゃダメ!今よりもっと素敵な自分に!
疑問持ったことなかったけど、この向上心は今の自分を否定することにつながってたんだ。

Go: そうなんだよ。
そしてまだAの話には続きがある。
どんなに人生の学びを得ても、どんなに精神的な成長を遂げても、どんなに健康的な食生活をしても、あらゆる生活改善をしても、C型肝炎ウイルスは血液から消えることはないし、外れた股関節は外れたまま戻ることはないし、痛みを感じない日はなかった。

ただこれまでとは大きく違っていたことがあった。
病気はもう彼の人生の足かせではなくなっていたのだ。

満足したんだ。

幸せとか不幸せだとかいうレベルではない。
深いレベルで満たされたんだ。
Aは人より少しばかり早く死ぬかもしれないし、実際その恐れは強かった。
でもそれは全く問題ではなくなったんだ。
満足とはそういうことなんだ。
これは辛い症状や死の恐怖がなくなるという意味ではない。
とにかくこれまで人生の最悪の足かせだった病気が、感謝となった。

人は単純だ。100個の最悪だと思っていた出来事も、今満たされていれば100個のギフトとなるのだ。
Aは理解した。

あらゆる全てのことはここにくるためだったんだ。

生まれる前から自分で選択して患うべくして患った病気だったんだ。
確かに彼は日々治すために努力はしたが、治るか治らないか、それが一番の問題ではなかったんだ。

人生のあらゆる出来事は、これらの病気や家庭環境がなければ体験し得ないものだった。

Aは次第に大事にしていた自己啓発やスピリチュアルへの興味が全くなくなっていった。
日々生活をしているただの日常に、その答えの全てがあったことを知ったからだ。
そしてAはある部分での「自分探しの旅」に終止符を打つことができた。
やっと自分らしい生き方がどんなものか理解した。
人生で何が大事なのか、Aは理解した。

まめ:…

Go: Aの話はこの辺で終わりにしよう。

まめ:何が大事なのか…その答え私も知りたいです。

Go: それは自分で見つけるもんだ。

まめ:と言うと思ってましたよ。
せめてそれを見つけるためのヒントとかありませんか?

Go: そうだな、一つは自分を知ること。

まめ:知ること?どうやって?

Go: 自分の姿形を知る為に何が必要?

まめ:鏡…ですか?

Go: そう、自分を知る為に何が必要かというと”鏡”が必要。
鏡が何を意味しているのか?
自分の周りのあらゆるすべてが鏡なんだ。
その中でも一番外せないのは”人”。
すべての他人が鏡。
あらゆる人間関係、そのすべてがあなたを映し出す鏡だ。

まめ:よくわかりません。

Go: ある人を素晴らしいと思ったとき、それがあなたの中にある。
ある人が嫌いになった時、それもあなたの中にある。
な?明快だろ?
自分だけでは見えない自分の心の中を、外側の”他人”という存在が現象化してくれている。

まめ:自分の心の中の状態を、他人が教えてくれる…

Go:そういうこと。もし人間関係でうまくいかないとき、例えばトラブル、すれ違い、喧嘩があった場合、それにしっかりと向き合うことが一つのコツだ。
他人が鏡だとしたらよく考えてみな?
他人と向き合うことと自分と向き合うことは結局同じことだろ?
これは結構難しいことなんだけど、挑戦しがいがある。
「それはわかるけどあの件だけはあいつのせいだ!」残念ながらそういうこともあり得ない。
とにかく周りのすべてが自分の鏡だと思うこと。
そうすれば恥ずかしいほどに自分の内面が見えてくる、と同時にこれから自分がどう在ればいいのかも見えてくる。
一つ一つを丁寧に時間をかけてクリアしていくことが近道につながる。

まめ:なるほど、本当に必要なものは自己啓発本やセミナーでも瞑想でもなくて、日常にすべて用意されてるってことですね。

Go: 自己啓発本やセミナーでも瞑想にもたくさんのヒントが隠されているし、それで変わった人もたくさんいる。
ただし、それを実践するのはあくまで対”人”であり自分が置かれている環境であったりする。
そこが一番大事なことだと、わかった上で手を出してみるのは大いに結構だと思う。
現にAもその道を通らずして今の彼はないだろう。

さてだいぶ長くなってしまった。そろそろ終わりにしようか。


まめ:最後に質問があります。
初めにはりきゅうを含め医療で治すことはできない、って言う話をしましたけど、ずっと引っかかってるんです。
だって治療する側の人間がそんなこというのもおかしいですよね?
それってどういう意味ですか?

Go: 確かにそういう話をしたな。
だが今のまめちびなら落ち着いて考えればもうわかってるはずだ。

まめ:すいません、人生であまり落ち着いたことがないもので。

Go: 治療をして症状が消えたり、改善したりすることを否定しているのではない。

体に癒しが起こるのを許すのはどうあがいても本人のみってことなんだ。
薬や鍼灸で治療しても、それはなんらかの刺激で治っていくきっかけを与えたに過ぎない。
”治る”や”癒し”という現象はどうあがいても本人以外には起こせない。
あえてこういう言い方をするのは、あなたにはあなたが想像している以上のものすごい力がある、ってことを伝えたいからなんだ。

それに治療する側もされる側もそういうことを知ることが必要なんだ。
少し穿った見方をすれば、医療に携わる人は医療の在り方と病気の本質を忘れ、患者を精巧な機械のように見る。患者は自分の心と体を無視し、向き合うことを避け自分の尻拭いを避けている。

まめ:確かに、今の膨れ上がる日本の医療費の現状を見れば、それが表れてますもんね。

Go: 治療を施す側と受ける側とのバランスが乱れているので、そこに対する警鐘の意味も含めて”治すことはできない”なんてこと言ったんだ。
乱れているとは言え、これも結局大きなバイオリズムから外れることは決してないんだけどね。

そして、世の中には病気を治すための方法の本や情報が恐ろしくたくさんある。
皮肉なことにそういう情報が増えれば増えるほど、病気に対しての恐れは比例して増える。
医学的に見ると病気はとても怖いもののように見える。
世の中の恐れのかなりの部分を”病気”が占めている。
しかし、様々な側面からみると病気は実は恐れるものではないんだ。
病気を患った人は自信をなくしていることが多い。
病院ではわからない謎の症状、または検査をして何かの異常値が見つかるとか、病気への不安で押しつぶされそうな人を毎日のようにみている。
病気という恐れの対象にただ振り回され、何年も何十年も自分らしく生きれていない人もたくさん見てきた。
だから私は強くいいたい。
自分の偉大さを再認識してほしいんだ。
私は勉強すればするほど、人の偉大さに感動してる。

まめ:偉大か〜そんな風に考えたこともなかったな…

Go:まめちびも偉大だよ。知らないのか?
人は自分の価値を下げる理由をみな一生懸命作り出す。
または小さな頃から刻みつけられるんだ。

「勉強ができないから。」
「才能がないから。」
「かけっこがいつもビリケツだから。」
「お金がないから。」
「出世できないから。」
「親がろくでなしだから。」
「病気だから」
「あの人よりもこれが劣っているから。」
「あの人よりもこれを持っていないから。」

こんなもんはっきり言って全部嘘だからね。
そんな下らないことに捉われず自分の本当の偉大さに気づいたら、人生が大きく変わってくる。
想像以上にあなたはすごい。

この長い話の中で本当に言いたかったこと。
綺麗事とか慰めで言うのではないし、受け売りの哲学や安っぽい自己啓発でもなく心から言いたい。
あまりにも使い古されてきた言葉で、自分で言ってて恥ずかしいくらいの言葉。
だけど聞いて欲しい。

ほんとうにほんとうにあなたはそのままでいい。

 

このシンプルな言葉をあなたがどう感じるか、静かに感じてみて欲しい。
何もしないことを「そのままでいい」と言っているわけではない。
人生は自分へ戻る旅なんだ。
「そのまま」は「素のまま」ってこと。
本来の自分が「素」なんだ。
人はその「素」へ戻るために、ありとあらゆる経験をしている。
このことはこれまで読んできた人なら、すんなり理解できるだろう。
病気や症状もあなたが素へ戻るための、重要な要素なんだ。
あらゆる経験を通して、素へ少しずつ近づいていく。
だから、どんなひどい失敗でも経験でも病気でも、『素』晴らしいんだ。
そう、素を晴らしていくためのあらゆる経験が素晴らしい。

周りの誰かがあなたを認めなくても、私は素のままのあなたを認める。
どんなに素晴らしいあなたがいるか私には見えてるから。

誰も守ってくれる人がいなくてもあなたは大きな力に守られている、ほんとだよ?
だから安心してこの世界を生きて欲しい。

終わり。


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4件のコメント

  1. 素晴らしい〜✨ブラボー〜✨✨感動です✨✨✨
    ありのままは最強⭐️

    伝わります。これは、いろんな人たちに伝わること請け合い。
    なぜならここに込もっている、マナが愛がエネルギーが、引き寄せちゃうもんねー^^
    伝わっちゃうね〜〜✨
    書籍化だね。

    1. tsuさんにはもうツーカーですから言うまでもないことかもしれませんし、大したことはない結末だったと思いますが最後まで読んでくれてありがとうございます♪
      おお〜いろんな人たちに伝わる!!そこは結構僕の中ですごい気にしててマイウェイでいいじゃないかという部分と、ある程度多くの人に共感を得たい気持ちもあるので、とても嬉しい感想です!!
      出版社の人見かけたらよろしく〜笑

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